しばらく、時間が経って・・・


“それ”に先に気付いたのは我聞だった。

「あ・・・」
「? どうしました?」
「・・・・・・果歩」
「・・・・・・・・・あ!」

いくらなんでも風呂に入っている時間が長すぎる。
いや、耳を澄ましても水音が既に聞こえない。
今度は互いに引き攣らせた顔で見つめ合う。

「お、俺ちょっと見てくる!」

勿論風呂場ではない、
さすがの我聞もここで果歩が水難事故にあったかもしれないとか考えるほどには、ズレてはいない。
台所が暗いのを確認して珠と斗馬の寝ている部屋へ行きふすまを小さく開けると、そこには果たして―――

果歩が眠っていた。
それは我聞が想定していた通りの、緊急事態。
・・・それは、つまり・・・

「・・・ん〜? お兄ちゃん? まぶしい・・・」
「す、すまん・・・じゃなくて・・・果歩・・・いつから、ここに・・・?」
「んー、まだちょっと前・・・」
「ええと、國生さんと一緒に寝るんじゃ・・・、ていうか挨拶とか・・・」

そこまで言われて、それまで眠そうだった顔がいきなりニヤリと小悪魔系笑いに転じ

「挨拶、ねぇ・・・・・・よかったの? あのシーンで、声かけて?」

果歩からは逆光で我聞の顔は見えないが、引き攣っているのが見なくてもわかる。

「うぐ・・・・・・」
「一応、部屋の前までは行ったんだけどね〜?
 二人とも全っ然気付いてくれなかったし、ちょ〜っと声かけられる雰囲気でもなかったし、ね♪」
「え、ええと・・・どこらへんから・・・」
「聞きたい? 詳しく説明したげよっか? 二人がどんな顔でどんな風だった、とか・・・
 お兄ちゃんの顔ったら、もう写真に永久保存しておきたいくらいな・・・」
「い、いや、も、もういい、もういいから!」

妹の笑顔は、小悪魔どころか悪魔に見えた。

「ま、あんなところ見せられちゃったら仕方ないからね、今日は陽菜さん、お兄ちゃんに譲ってあ・げ・る♪」
「ゆ、譲って、ってお前・・・」
「どうしたの? この前だってひとつの部屋で一晩二人っきりで、何も無かったんでしょ〜?
 別に気にすること無いんじゃないの〜?
 ま、なんとなく慣れてる感じだったし、もしかすると、既にあんなことあったりしたのかもね〜♪」
「おま・・・あの、なあ・・・その・・・」
「まあでも、まだ二人とも高校生なんだし、あんまり進みすぎてもダメだから、ね!」
「・・・・・・・・・」

完全敗北。
そんな言葉が我聞の頭に浮かんだ。

「・・・まあ、でも・・・よかったわね、お兄ちゃん」

その時だけ、果歩の表情からニヤニヤした笑みが消え、兄を労わる表情になっていた。

「・・・え?」
「なんでもないわよ! 陽菜さん待たせてるんでしょ!?
 じゃあ眩しいからそろそろふすま閉めちゃって! 陽菜さんによろしくね! おやすみ!!」

急いでそう言うと、頭から布団を被ってしまった。

おやすみ、と声がかかり、ふすまが閉まる音がして、我聞の足音が遠ざかっていく。
布団を被ったまま、果歩はふぅっっとため息を吐いた。
二人に気を遣って長湯していたら、いきなり陽菜の叫ぶような声が聞こえて、慌てて出てきたものだ。
そしてこそっと覗いてみると、小さく嗚咽を漏らす陽菜と、うなだれる兄と、物凄い気まずい沈黙。
お兄ちゃんナニしやがった、とか思ってキレそうになるが、よくよく見ると二人は手を握り合っていて・・・
少しぼそぼそと話をした後に顔を上げた陽菜は、涙で濡れていたけど、幸せそうな顔になっていた。
悲痛と言ってもいいくらい落ち込んだ顔だった兄も、吹っ切れたような笑みを見せた。
そしてそのまま見詰め合って、顔を寄せていく二人が何をするかは分かったけど、
唇が触れ合う直前で覗くのをやめた。
間違いなく気付かれてはいないけど、見ていること自体が邪魔しているような気がして。

(次からは容赦しないからね・・・
 GHKとして、ちゃーんと形に残るようにしてあげるから、覚悟しときなさいよ・・・
 まあ、今日だけは、朴念仁のくせに頑張ったご褒美なんだから・・・
 
 でも、よかったね、お兄ちゃん・・・・・・おめでとう)

 


居間へと戻った我聞の顔から、陽菜もなんとなく事態を理解したらしい。
それでも一応・・・

「ええと・・・果歩さんは・・・」
「既に布団に入ってた・・・」
「じゃあ・・・ええと、その・・・」
「ああ、一度ここの前まで来たらしくて・・・『あの場面で声かけてよかったのかな』、なんて言われた・・・」
「・・・・・・・・・」

陽菜も引き攣ったような落胆したような表情なのだが、色だけは赤い、というか真っ赤。
そのまま、しばし沈黙。

「と、とにかく・・・果歩が珠と斗馬のところで寝ちゃったから・・・今晩は、俺と、國生さんで・・・」
「・・・はい・・・」
「じゃあ、時間も時間だし、俺らも寝ようか・・・なんかもう考えるの疲れたし・・・」
「そ、そうですね・・・私も、なんか一気に、疲れが・・・」

ただでさえ、間違いなく決定的な場面を見られたとしか思えない状況で恥ずかしくてたまらないのに、
明日から果歩にどう絡まれるかと思うと、二人とも “とほほ”とうなだれるしかないのだった。

 

ふらふらと部屋を移り、二人で布団を並べて敷いて、明かりを消して床に入ったのだが、
いざ二人で並んで、真っ暗な部屋で布団に入ってしまうと、なんとなく落ち着かない。
一度は抱き合って、それから10日程もそういったことをしていない若い二人には、
果歩に目撃されてしまったことが頭に残っていても尚、それ以上に相手のことを意識せずにはいられない状況だった。
かといって、すぐに積極的な行動に出られる程の経験も度胸もなく、
互いに布団の中でまんじりともせずに悶々としていた。

「しかし・・・果歩には参ったな、ほんと・・・」

その状況に耐え切れず、我聞が喋り出す。

「そうですね・・・いや、でも、私も・・・まさか見られてたなんて・・・全然気付かなかったです・・・
 あああ、思い出すともう・・・あああ、恥ずかしいです・・・ぅぅ」
「ほんとに・・・明日からのことを思うと・・・気が重い・・・」
「私・・・しばらくお邪魔するの遠慮しようかな・・・」
「ぬ、それはずるいぞ國生さん!」
「何言ってるんですか、頼れる男になるんでしょう? これくらいの試練、耐え抜いてもらわないと」
「む・・・ぬぅ・・・」

うめく我聞に、クスクスと笑って

「冗談ですよ、さっき支えあうって言ったばかりですし・・・恥ずかしながら・・・本当に恥ずかしいですが・・・
 私もお供させていただきますから・・・」
「そ、そうか、それは有難い・・・いや早速で情けないが、いきなり潰されそうな気分だったよ」
「あは、もう、そんなでは頼れる男は遠いですよ!」
「む・・・精進シマス」

「しかし・・・果歩にやられっぱなしってのも、ちょっと面白くないな」
「そうですねぇ・・・振り回されっぱなしですからね、ちょっとくらい意趣返しをしてみたいかな・・・
 うーん・・・なんだか果歩さんにいろいろ読まれっぱなしでしたし、予想を越えた何かをいきなり発表するとか・・・」
「果歩の予想を越えた、か・・・そうだな、例えば子供ができぶふっ!」

我聞の顔面に枕を叩きつける。

「な、な、何言ってるんですかよりにもよって! せ、せめて結婚とか!!」
「む、す、すまん! そうか、結婚か・・・・・・・・・って」
「そうです、その方がまだ・・・・・・まだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・あああああ!!!」

自分が咄嗟に何を言ったか理解したのか、我聞に背を向けてがばっと布団を被り、引きこもってしまう陽菜であった。







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